親父3

コロナ禍で世界中の人たちが精神的に追い詰められている日々が続いております。今年も残りあと2ヶ月となり、改めて振り返ると本当に大変な年でした。まだ終わっていないけど、新しい年になれば何か変わるのではないか?と思ってさえいます。亡くなられた方々には心よりご冥福をお祈りします。

少しでも早く、多くの人が笑える日が来ますように…。

タイトルの親父3、親父シリーズ最終章〜葬儀編〜 暇つぶし投稿第10弾!時間のある人だけ読んでください。

親父が亡くなって今月8日で3年が経つ。前回投稿した親父2で話していなかった葬儀について話していこうと思う。

亡くなる当日、午前の仕事を終えた後、実家へ向かった。小腹が減ったので、ラーメン食ってから実家に行くかな〜♩美味そうなラーメン屋が実家の近くにあったな…よし行こう!と思ったのだが、万が一実家で用意してあったら悪いなと思い、実家へ電話すると姉貴が出た。「晩飯用意してある?」と聞くと姉貴は「晩ご飯ねぇ〜…        お父さん…      亡くなった…よ」と泣きながら答えた。「はあ〜!いつ?」「40分程前」「早く言えよ!どうして連絡しなかった!」「お母さんがあんたが動揺して事故を起こすかもしれないから」と。実家を越えてラーメン屋に向かおうとした自分を責めつつ、土屋圭一かというドリフトを決めて自宅へ(盛っています)、ベットの上には安らかな表情の親父が静かに寝ていた。

「お疲れ様、よく頑張ったな!」と声をかけた。

葬儀は日曜日にお通夜、月曜日に告別式となった。ところが日曜日に札幌にて講演会が決まっていた。以前より親父には、何かあっても仕事を優先すると伝えてあり、親父も「当たり前だ!」と言ってくれたので、土曜日から札幌へ飛んだ。講演会も無事に終わり、主催者も気を使っていただき、1本早い飛行機を改めて取ってくれた。本当に感謝だった。電車を乗り継ぎ、葬儀場に着くと、ちょうどお清めの時間になっていた。まるで飯だけ食いに来た感じである。

親戚は事情を知っていたので「帰ったか!親父に挨拶してこい!」と優しく言われた。棺の中にいる親父に「ただいま!少し遅れてごめんね。ちゃんと仕事してきてうまくできたよ。」と報告。

翌日は告別式なのだが、ここから今回の話の本題に入る。随分と長ぇ〜前フリだったなと自分でも反省している。

告別式を執り行う前に、坊さんに呼ばれた。何だろう?と思いながら部屋に入ると、読経の際に木魚をお孫さんに叩いて欲しいとの事。??と思っていると、木魚の音は故人が天国に向かう階段を登る足音なのだそうだ。それをお孫さんに叩いてもらえば親父も安心して階段を登る事ができると…。孫を誰にするかで、篠崎を継ぐのは我が家の愚息しかいないので(姉貴の子は姉妹、我が家は長女、長男)息子に決めた。

この決断が地獄を見ることになるとは思いもせず、この時は息子はうまく木魚を叩けるのかな〜?なんて思っていた。

葬儀が始まると、しばらくして息子が呼ばれた。実は息子には野球のユニフォームで葬儀に参列させた。親父には生前にユニフォームで葬儀に参列の話しをしたら喜んでいた。葬儀場の方にも非常識か?と問うと、ユニフォームは正装なのでまったく問題ない、むしろ良いことだと教えてくれた。ちなみにユニフォームの色は上が紺色、ズボンはグレーなので違和感がなかった。これで上が黒とピンクや上が赤でズボンが白だったらちょっとね…。

坊さんに促され木魚を叩くと、小4の息子が叩いたリズムは一定のリズムから時おりジャズを連想させるような裏打ちになったりと、親父が階段をスムーズに登っているようには到底思えないビートであった。ハラハラしてふと見上げると【坊主の横に背番号8を背負った坊主が…】急に笑いが込み上げてきた。実は僕、婆さんの葬式で吹き出してしまうという前科持ちなのだ。ある意味でトラウマになっており、葬儀の場など笑ってはならない場が苦手?となっていた。そんな僕に、みるみるあのトラウマが蘇る。もうこうなると笑いを抑える事に全神経を集中させる。手の甲を抓るのだが、笑いが強く全く効果なし。どんどん手の甲は腫れ上がる。何とか気を紛らわせるために数珠の数を数えた。59個…ご苦(59)労さんというダジャレが頭をよぎる。もう止まらない。うつむき頭を下げて必死に堪える。その時お袋は、さすがに我が息子も泣いているんだ…と勘違い、姉貴は僕の異常に気付いていた。姉貴も婆さんの葬式の時、僕に汚染されて吹き出してしまった過去があり、姉貴も僕に汚染されないように必死だ!お焼香でもここで吹き出したら、焼香炭が吹っ飛ぶかも…もうダメだ!笑いが連鎖してくる。木魚叩きも終わって席に着いている息子、嫁、娘も気付いておりドン引き…何とか堪えているその時!親族を代表して挨拶の時間となった。今までの笑いが嘘のように、スーッと冷静になれた。親戚からもとても素晴らしい挨拶だったと言われ、姉貴からは±0でチャラにしてやるわ…と言われた。

長い話しになったが、葬式は苦手だ!笑いのツボの恐ろしさを痛感した。

葬儀が終わった後に棺の親父に両手を合わせた。

アホな息子でごめんなさい…の手合わせであった(笑・涙)

実は親父も婆さんの葬式で僕に汚染されて吹き出しているので、許してくれるであろう!

では!

 

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